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「八雲プロジェクト」匠のご紹介

江戸独楽をこよなく愛し、世界50カ国を回る

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乾燥させた木材は、独楽という新しい命を授かって、廻す者を楽しませてくれる

広井政昭氏。
職人さんは個性的な方が多い。広井さんもそのお一人。その上、人一倍の使命感を持った方だ。
広井家は四代続く独楽づくりの家系である。初代、二代は徳川家の御殿医だったそうである。

広井氏は江戸独楽の特長の一つ、洒落っ気たっぷりの江戸からくり独楽がお気に入り。からくりを考えるのが大好きで、30 代から周りが目もくれなくとも独自の創作をはじめた「江戸からくり独楽」は今や4000種類以上にのぼる。思いついた「からくり」は実現するまで絶対にあきらめない。そんな創作独楽を評価してくれたのは日本よりむしろ外国のほうが先だったようだ。1980年ころパリ装飾美術館に伝統的な形の独楽を含め70点ほど持参。館長から「あなたが創作したものだけを収蔵します」と。広井氏が怪訝な顔をしていると、更に館長から「伝統の継承は大切ですが、現代人が三千年前と同じギリシャ彫刻を作っても意味がない。現代人が作る新しい作品にこそ価値があるのです」と言われたそうである。こうした館長の言葉が今の自分の創作の原動力になっていると広井氏は言う。

方や、曲独楽を作る独楽師が引退し、昭和30年代から40年代半ばころまで、独楽芸が江戸から消えた時期があったそうである。そんな折り、一人の芸人が広井氏を訪ねてきて曲独楽の制作を依頼してきた。芸人のプラスチックのみすぼらしい独楽をみて愕然とした彼は、芸人から依頼されても曲独楽を作ってはいけないという父親の遺言に背を向け、引き受けたのである。
不安定な生活の芸人の独楽を作っていては自分の生活もままならなくなるからだ。しかし、300年の江戸文化を消滅させてはいけないという彼の根底にある「文化」への強い思いが黙ってはいられなくなったのだ。

1983年、アメリカからの招聘で12人の江戸職人の技をアメリカ各地で披露。団長を務めた広井氏はその後精力的に海外をまわり、江戸文化を広く海外に広めた。南米、中近東にも出向いた。50ヶ国は回ったそうである。中でもフィンランドのロバニエムにあるクリスマステーマ館内の一つ、子供たちに夢や喜びを与えることを目的に設立された「サンタクロース工房」には毎年多くの観光客が訪れるが、そこにはユーモアな江戸からくり独楽が広井氏の個人名で紹介されている。

「いつか粋な江戸独楽を作ってみたい」….
それはどんな独楽ですか?と尋ねたら、軸が垂直に立ち、わずかのぶれもなく静止しているがごとく回転する、極めてシンプルな曲独楽だそうで8分は廻るというのである。止まるときもころりと静止するものもあれば、ゆらゆらとしながら止まるものもあるらしい、まるで人の心のようである。1935年、東京生まれ。非常に力強い流暢な話しっぷり。
独楽を見る世界の子供たちの目の輝きを思い出しながら、またひとつひょうきんな顔が出来上がった。

広井政昭